地方の山村には、時代の流れとともに役割を終え、静かに姿を消していった集落が数多くあります。しかし、そこには今もなお“人の想い”や“家族・仲間の絆”が確かに息づいています。今回ご紹介するのは、2025年11月16日放送の『ポツンと一軒家』で全国に紹介された、新潟県の山あいに残された“手づくり村”。
一度は全ての住民が離れ、誰も住まなくなったこの地が、今も温かい人々の集う場所としてよみがえった背景には、どんな物語と工夫があったのでしょうか?
本記事では、「なぜ集落が消え、なぜ今も人が集まるのか」「どんな遊び場や施設が残され、どんな体験ができるのか」などを、番組のエピソードや現地の雰囲気を交えて、できる限り臨場感たっぷりにお届けします。
地域再生やふるさと、過疎集落の復興に興味がある方にもぜひ読んでいただきたい内容です。
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目次
ポツンと一軒家新潟県の山あいの集落に刻まれた歴史と人々の記憶
放送終了後は見られなくなります。
今回の舞台は、新潟県の中山間地。広い田んぼや畑に囲まれ、かつては50軒以上が軒を連ねる大きな集落でした。春には田植え、秋には稲刈りと、自然とともに生きる暮らしが当たり前のように続いてきました。
かつては、
・春祭りや盆踊り、運動会など村独自の行事
・助け合いの精神で成り立つ「結い」や「寄り合い」
・田畑や山林を子どもたちが駆け回る風景
が当たり前のようにありました。
しかし、時代の変化とともに都市への人口流出や高齢化が進み、村にはだんだんと若い世代がいなくなっていきます。生活の利便性や医療・買い物の問題から、「集団移転」という行政の方針のもと、多くの家族が山を離れる決断を下しました。

住み慣れた土地を離れることへの葛藤や不安、残された家や田畑への思い。番組の中でも元住民の方が「ふるさとを捨てるのではなく、また戻れる場所を残したかった」と話していたのが非常に印象的でした。
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手づくり村が生まれるまでの道のり
全員が移転し、集落が完全に「無人」となった後も、地域に根差した「仲間たち」はこの地を忘れることはありませんでした。
「ふるさとを忘れたくない」「みんなで集まれる場所がほしい」という気持ちから、有志のメンバーが立ち上がり、手作りで集まれる小屋や遊び場を作り始めたのが「手づくり村」のはじまりです。
最初は、小さな小屋一棟から。みんなで木材を持ち寄り、休日ごとに集まって建設しました。やがて芝生広場や炊事場、ベンチ、ブランコ、滑り台、焚き火スペースなど、子どもも大人も楽しめる空間が広がっていきます。
この活動には、村の出身者やその家族、友人、さらに地元に残る農家や移転先で知り合った仲間も加わり、世代を超えたつながりが生まれていきました。

「この地は誰のものでもなく、みんなのもの」。そんな精神のもと、維持管理やイベントの準備も協力し合って続けられています。
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番組で描かれた“人の縁”と現場の感動エピソード
「ポツンと一軒家」住民たちはなぜ集団移転をしたのか…!?新潟県の山間地域に残された“手づくり村”の謎が明らかに!!@potsun_abctv #ポツンと一軒家 https://t.co/x5jFoDVPlQ
— ABCマガジン【公式】 (@abc_mgzn) November 15, 2025
番組の捜索は決して簡単ではありませんでした。衛星写真からは建物の存在が分かるものの、所有者の手がかりが見つからず、周辺の聞き込みも難航しました。
道路工事中の作業員や、山道を走る車のドライバーに話を聞きながら、少しずつ情報が集まっていきます。
特に印象的だったのが、偶然出会った運転手の親切な案内。「詳しいことは分からないけど、そこにあるよ」と親身になって教えてくれる姿や、元住民の親戚が「昔はここで毎年芋煮会をやったんだ」と懐かしそうに話す表情から、消えてしまったはずの集落に今も生きる“人のつながり”が感じられました。

また、取材を通じて「自分たちの手で遊び場を作った理由」「手づくり村に込めた願い」など、参加者の口から語られるエピソードはどれも心に残るものばかりです。
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手づくり村で体験できる温かな時間と遊び場の魅力

手づくり村は、単なる「集会所」ではありません。
ここには、かつての集落の自然や人々の知恵が生きていて、訪れる人を優しく迎えてくれます。
● 遊び場の工夫と楽しみ方
手作りのブランコや滑り台は、大人たちが子どもたちのために一から作ったもの。山の木を使い、設計やペンキ塗りもみんなで協力。大人たちも童心に帰って楽しめる見晴らし台や焚き火スペース、手作りの小屋の中では昔話に花が咲きます。
● みんなで作る季節イベント
一番盛り上がるのは、秋の芋煮会。里芋や野菜は移転先や近くの農家からも差し入れがあり、みんなで大鍋を囲みます。春には山菜取りや花見、夏にはバーベキューや虫取り大会など、昔ながらの自然体験ができます。
● 復興の象徴としての“再会”
移転でバラバラになった家族や旧友が、この地をきっかけに再会することも珍しくありません。「この村がなかったら、もう会えなかったかもしれない」と語る人も。

子どもたちは、普段体験できない自然の中で走り回り、親世代は思い出を語り、祖父母世代は孫と一緒に遊ぶ。そんな「3世代のふるさと体験」が叶う場所です。
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失われた集落から未来へ―残された希望とこれから

廃村となった土地が「思い出の場所」「人が集う村」として生まれ変わった例は、全国的にも珍しいことです。手づくり村は、
・人の手と心があれば、場所は何度でも生き返る
・都会では味わえない、地域のつながりや助け合いの精神が受け継がれる
・子どもたちが“原体験”として記憶に刻む
という大きな意義を持っています。
一方で、維持管理には課題も多いのが現実です。建物の修繕、草刈り、雪かき、資金の問題…。
それでも「来年もまた芋煮会をやろう」「子どもたちに手作り遊具を残そう」という気持ちが、新たな仲間や応援を呼び、活動は今も続いています。

近年は移住者や地域おこし協力隊、地元自治体も手づくり村の活動に関心を持ち、「空き家活用」や「古民家再生」「地域交流イベント」など新しい動きも生まれています。
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体験者の声―手づくり村で得たもの
実際に手づくり村を訪れた人たちは、
「ここに来ると心が安らぐ」「家族のルーツを子どもに見せられて嬉しい」「普段はできない貴重な体験ができた」
と語っています。
また、都市部で生まれ育った若い世代からは「田舎って不便だけど温かい」「将来は田舎で子育てしたい」といった声も。

手づくり村の存在が「新しい地方の生き方」「人が集う場の大切さ」を再認識させてくれます。
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観光地ではない、“もうひとつのふるさと”として

手づくり村は、観光目的のテーマパークではありません。元住民やその縁者、友人など「つながりのある人たち」が集うプライベートな“ふるさと”です。
ですが、その存在は多くの人に希望とアイデアを与えています。
• 地域外からも「見学したい」「参考にしたい」という問い合わせが増加
• 地方創生や空き家活用の先進事例として講演やメディア取材も
• SNSやブログを通じて、村の日々やイベントの様子が発信されている

将来的には、近隣の子ども会や学校の「田舎体験学習」、ふるさと納税と連携した「遊び場維持プロジェクト」など、さらに多様な展開も期待されています。
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前回の放送では!
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まとめ―手づくり村が伝えてくれるもの
今回の『ポツンと一軒家』新潟県手づくり村の物語は、ただの「珍しい一軒家の発見」ではありませんでした。
人が去っても、想いがあれば場所は生き返る。
仲間や家族のつながりがあれば、寂しさではなく“再会と希望”の村ができる――そんな力強いメッセージが詰まっています。
• 集団移転で消えた集落が、“帰る場所”として再生
• 遊び場や小屋はみんなで作り、みんなで守る
• ふるさとを思う心が、世代を超えて受け継がれていく
• 田舎の原風景と温かい人間関係が、現代に蘇る
これからも手づくり村は、失われた土地や過疎集落が抱える“未来へのヒント”として、全国に希望を届けていくことでしょう。
都会で忙しく暮らしている方も、どこかに「自分のふるさと」を持ちたい方も、この物語を通して“ふるさとの本当の意味”や“人と人の絆”を感じていただけたら幸いです。
